Search
Search Menu

ジュエリーデザイナーとは 梶光夫、石川暢子、福原佐智たち

ジュエリーデザイナーには、梶光夫、石川暢子、福原佐智という人たちがいます。

今回、その人たちのことを追ってみました。

ジュエリーデザイナーとは

実際には、ダイヤモンドやルビーなど、そのものの素材が美しいと思っている人たちが多くいらっしゃることでしょう。

しかし、その美しい輝きには、ジュエリーデザイナーという存在が欠かすことが出来ません。ジュエリー製造において、屋台骨というべき存在が、ジュエリーデザイナーです。

ジュエリーデザイナーの存在意義

例えば、ブライダルリングなら石はあまり突出せず小さめ、カクテルパーティー用のブレスレットなら、華奢かつ石はふんだんに……というリクエストがあり、そのひとつひとつのリクエストに答えていかなければならない存在がジュエリーデザイナーです。

ジュエリーデザイナーは、クライアントのリクエストや企画に基づいて、コスト・スケジュールといったものを計算しながら、指示書・製図・レタリングなどをひっくるめて作成していきます。

梶光夫氏、石川暢子氏、福原佐智氏……

ジュエリーデザイナーになろうと思っても、梶光夫氏、石川暢子氏、福原佐智氏のような人に簡単になることが出来る訳ではありません。

例えば、梶光夫氏は、青春の城下町などかついて歌っていた歌手でした。

多くの人たちが彼の名前を知っていることでしょう。

梶光夫氏の実家は時計・宝石商であったということですね。小さい頃からジュエリーと繋がりが存在していたともいうことが出来ます。

彼はGIA(米国宝石学会)に留学し、GG(グラジュエイトジェモロジスト)の称号を取得することに。そして帰国後ダイヤモンド鑑定機関「日本ダイヤモンド鑑定所」を設立します。

1983年にジュエリーデザイナーとして華々しくデビューをします。

「エマーユジュエリー」は、 エナメル七宝のことを言います。彼は、 古典と現代の融合点にある「クラシック&モダン」をテーマとしエマーユジュエリーを発表することになりました。

日本の宝飾界にオリジナルの世界を確立し評価されることになります。

ここには、フランスの美術工芸である七宝といったものを、ペンダントやブローチなどのジュエリーに落し込む、さも工芸品を身に付けているような、アート性があり、どのジュエリーデザインよりもキラキラ輝きを放ち人たちを魅了させています。

これらをデザインするまさにジュエリーデザイナーという存在は、希有なアーチストなのです。